「睡眠はなぜ必要か?」シリーズ ②ヒトの睡眠と効用 /久住静代

チンパンジーなどヒト以外の霊長類が1日10~15時間眠るのに比べて、ヒトの睡眠時間は約7~8時間です。ヒトの睡眠が「短時間で効率的な睡眠」に進化したことは、コミュニケーションや道具の製作、技術や知識の伝承といった社会的·文化的な活動に充てる時間が増え、大型化した高度な脳の発達を促しました。そして、この大型化した脳のメンテナンスのために、ヒトの睡眠は更に高度化し複雑化しました。

20世紀半ばまで、睡眠は「疲労の結果の休止」と考えられていましたが、現在、睡眠は「休む時間」ではなく、脳と体をメンテナンスする生命活動であり、「全身性の健康基盤」であることが強調されています。

最新の神経科学の理解では、睡眠は受動的に起こるものではなく、脳内の神経ネットワークが積極的に作り出す生理状態と考えられています。特に、ノンレム睡眠(NREM) と レム睡眠(REM) は、それぞれ異なる神経回路が主導しており、二つの異なる脳モードを切り替えるように制御されています。例えば、ノンレム睡眠は脳の視床下部や前頭前野が、レム睡眠は脳幹(橋や延髄)が関わっています。

睡眠中、私たちの脳内では約90分を1サイクルとして、ノンレム睡眠とレム睡眠の2種類が一晩に4~6回繰り返されます。睡眠の前半は深いノンレムが多く、後半はレムが増えます。

 ノンレム睡眠(NREMNon-Rapid Eye Movement、急速眼球運動を伴わない睡眠)

ノンレム睡眠は、 「睡眠の原型」で、脊椎動物の共通祖先(約5億年前)にすでに存在したと考えられます。脳波では、低周波のδ波(デルタ波)が優勢で、脳の活動が抑制され、周波数が遅く振幅が大きい波形です。

ノンレム睡眠の状態

·入眠直後に現れる深い眠り。体を支える筋肉は働いている。

·眠りが深くなるにつれて心拍·血圧·呼吸が安定し、副交感神経が優位になり、体が休息

する。

·夢はほとんど見ない。

 レム睡眠(REMRapid Eye Movement、急速眼球運動を伴う睡眠)

レム睡眠状態はトカゲで観察されており、鳥類や哺乳類に分岐する3億2000万年前からあったと考えられます。レム睡眠は、高度な脳を維持するために成立したと考えられ、1950年代にシカゴ大の大学院生ユージン·アセリンスキーが睡眠中の目の動きを研究していて発見しました。脳波は眠っているにもかかわらず、覚醒時(起きている時)に似た、振幅が小さく速い周波数(主にθ波:4~7Hz)が特徴です。

レム睡眠の状態

·急速な眼球運動と、手足の筋肉の緊張が消失(弛緩)。

·自律神経活動が不規則に変動するため呼吸や脈拍が不規則、体温調節が不安定になり、脳温は上昇し脳は活発に活動するが、皮膚温は低下する。夢を鮮明に見る。

図1. 覚醒、レム睡眠、ノンレム睡眠の脳波 (参考資料1より筆者改変)

ヒトの場合、ノンレム睡眠は眠りの深さに応じて、3つ(N1、N2、N3)あるいは4つ(段階1、2、3、4)に分けられる。

図2.健康な人の一晩の睡眠経過図(参考資料1より)

近年、居眠り運転や産業事故の誘発で社会的な問題になっている睡眠時無呼吸症候群では、このノンレム·レムの正常なサイクルが崩れ、常に眠りが浅くなるため睡眠の効用が十分に得られない。

 ノンレム睡眠とレム睡眠の効用

ノンレム睡眠は脳の休息と体のメンテナンス、レム睡眠は「体の休息と脳のメンテナンス」です。両者が交互に現れることで、心身の健康が保たれます。

ノンレム睡眠の主な効用(役割)

① 脳の休息と冷却、老廃物排出

日中に活動した脳をクールダウンさせ、グリンパティック系を活性化して脳内の老廃物(アミロイドβなど)を洗い流す。アルツハイマー病のリスク低減と関連。

② 記憶の保存

覚えたことを長期記憶にする。

③ ホルモン分泌の調整

  • 成長ホルモンの大量分泌により、組織の修復、肌のターンオーバー、脂肪分解、骨の成長などを促す。
  • 代謝調整(インスリン感受性の改善)
  • 免疫系の活性化(NK細胞の機能向上)、免疫記憶の形成(ワクチン効果にも影響)

④ 感情の安定化(レム睡眠との協働)

●  ノンレム睡眠で“脳の土台”を整え、レム睡眠で“感情の処理”を行う。

●  ノンレム睡眠不足は、情緒不安定につながる。

レム睡眠の主な効用(役割):

① 感情の整理と精神の安定

不安やストレスなど、日中の感情的な経験を処理しメンタルヘルスを保つ。

② 記憶の整理と定着

日中に学習·経験した情報を保存。技能の習熟、記憶同士を組み合わせ、新しいアイデアを生む。

③ 脳シナプスのメンテナンス

脳のネットワークの柔軟性が高まる。新生児など発達期にはレム睡眠が多い。

④ 筋緊張の完全オフ(身体の安全装置)

レム睡眠中は骨格筋がほぼ完全に脱力。夢の内容を身体で実行しないようにする安全装置。

ノンレム睡眠·レム睡眠を増すための実践ポイント

ノンレム睡眠を増やすためのアプローチ

  • 就寝前の体温リズム調整:入浴は寝る90分前
  • 光のコントロール:夜は照度を落とし、朝は強い光
  • カフェインは就寝6時間前まで
  • 寝る前の思考負荷を下げ、脳のクールダウン
  • 適度な運動:日中の身体活動量が深睡眠を増す

レム睡眠を増やすためのアプローチ

  • 睡眠時間を十分に確保する(レムは夜の後半に多い)
  • 寝酒を避ける(アルコールはレム睡眠を抑制)
  • 就寝前のブルーライトを減らす
  • 規則的な睡眠スケジュール
  • ストレス管理(瞑想·軽い運動)

参考資料

  1. 日本睡眠学会

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久住静代(くすみしずよ)プロフィール:

東京の赤坂おだやかクリニック名誉院長。抗加齢医学専門医として、人生120年時代、いかに老化のスピードを遅くして、生涯、自立して健康に心豊かに生きるかという課題に取り組んでいます。